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BLOG: backnumbers2019年04月 | 2004年 02月 ■2004.2.29(日): ohtsuka redzoneにて。 tae live. 自分の脆さを知った。 考えてみればいつもここだった気がする。 決めてしまえばそれが答え。 迷えばいわゆる“答えの無い世界” 「さあ、歩こう 街は眩しすぎる」 ■2004.2.28(土): m.t.1にて。 自宅作業後。 mr.aokin skywalkerとの不定例会。 そこに役者登場、いつもの役者vs副部長バトルの始まりはじまりぃ〜。 あたしゃイーグルスかなんか掛けてもらってご満悦。 ■2004.2.27(金): rh→「e.e」 live&rec rhから移動。 DJ.サンタにしっとりと泣かされ、怒る。 でもいいのさ、 red warriorsのboxを持ってるって自慢してきた。 恐れ入ったか、年季が違うのさ。 ■2004.2.26(木): rh&meeting. まだ出てくるぜ、新曲。ただいまレコーディング準備中。 冬仕様はもう緩んで、バイクの時の重ね着も減った。 地元にある梅林はもう満開の頃だろう。 もう少しすれば目黒川の桜も咲く。 「散ることを知りながら、咲くことを恐れない。だから桜が好き」 宮沢りえ嬢がこんな事を言っていたそうな。 ■2004.2.25(水): 泣きの4本立て いやぁ〜映画ってほんと、、、。 現場監督より電話。 “必要な場所”を確保の知らせ。 あまりの嬉しさに悲鳴「うっひゃっほぉっ!」 小躍り付き。 ぴーちゃん、愛してるよ。 ところで飽きっぽいお前、 俺の友達はお前の友達では無い。 俺とお前は友達では無いのだから 「お友達だからいいと思って、、、」は、 お前が認められてから言いなさい。 さて、記念に綺麗なお花でも、、、 films“the pianist”adrien brody,“dead poets society”robin williams ■2004.2.24(火): 動物を撮る。 動くからね。 ここまでだらしない?ふうにしていてくれれば。 彼には私は見えないらしい。 目が絶対に合わない。一度怒られた事はある。 a film“as good as it gets”jack nicholson ■2004.2.23(月): もうひとつの眼。 カメラが治った。というか交換。 電源が入らないという故障は未だ原因不明。 「m.t.1」にて打ち合わせ。 “素晴らしき自転車野郎”(新米)は あと少しで一升空くというところで、 愛車は私が預かるといったのに、 “飼い主”を助手席に追いやり 後部座席にチャリンコと仲良く乗り込んで 帰って行ったよ。 打ち合わせの内容: 今、生きてるってことはミジンコまで遡っても勝ち続けているって事。 だから負けないのだって事。 この目線は非常に興味深い。 ■2004.2.22(日): またしても“結婚おめでとう!” 「このあとまだ開いてるお店はありますか?」 の問いかけに居酒屋の大将が教えてくれた。 オープンして間もない飲食店。 普段だったら絶対に入らないスナックビルの ガラガラの店に一歳年下の自信満々のオーナーがいた。 こぢんまりした造り。掃除の行き届いた店内。 そこはおいしいイタリアンレストランで 見つけた私は俺ってなんて鼻が利くんだろうと勝手に思った。 ずいぶん簡単に説明しているが色々あったのだよ、この日。 それから何年だろう、、、 彼は数年にして借金を返し、嫁を迎え、家を建てた。 それぞれ環境は変わる。 思いは変わらなくても扱いがかわる。 私の戦いはまだまだ終わらない。 ■2004.2.21(土): 女子について。 隣のテーブルでの出来事。 両手を組んで顎の下にあてる仕草。 小首をかしげ、肩をすくめ「わからないですぅ〜」と上目使う仕草。 今時“珠緒”ぐらいとだと思っていたのに。 あれって男子を口説いてんだろうか? ■2004.2.20(金): ikuchan&dancyo入籍ぱーちー。 ここのところ暫くこういう幸せ満開な場所に居合わせていなかった。 いつごろからか女子の涙に貰ってしまいがちだ。 スタローンの“ロッキー”を観てもエイドリアンの泣き顔までは平気だ。 ぽろりの瞬間に泣きじゃくる羽目になる。 ぽろりってそのぽろりじゃねぇぞ、こら。 お幸せに、 ■2004.2.19(木): 許容量。 同時にどれだけの仕事をこなせるか、 どこまで溜めたらキレるのか、 堪えに堪えていつ泣き出すのか、 ギリジンツーリストの行程は本当に可能か。 受け入れるのはどんな気分だ? 今夜、友を想って泣いた。 a film “bowling for columbine”michael moore ■2004.2.18(水): 君が選んだのは“道” 武衛流砲術の達人・稲葉重政は柳生に拝一刀を討つべく差し向けられる。 しかし武士道に重きをおく柳葉は、 切り立った岸壁を大五郎を背負い降りてくる一刀を撃たない。 戦いの中、柳葉重政は一刀が投げ放った槍に倒れる。 「崖を降りている間に撃てたものを、、、」 「ご、、、御武運を、、、」 「柳葉重政の名、決して忘れはせん、、、」 ここまで達するには時間や経験が必要なことを 肝に銘じてほしいと思う。 ■2004.2.17(火): takadanobaba club phaseにて。 tae live. ひとりひとりの思いが渦を巻いて塊になって、 津波を起こして巻き込んじゃって、 でも、「あれ?あったかい、、、」 みたいなな、そんなの好きかも。 カメラが不調の為画像のアップができず。 今日修理が終わって取りにいったのに、、、 せっかくソデから撮ってもらったのに、、、 ■2004.2.16(月): 某rh studioにて。 2ndの曲出し、ライブリハ。 その後、ミーティング。 その後mr.aokin skywalker(良い人フォースありすぎ)の紹介でyass氏との宴会。 あつい!気合いとか根性とかじゃなくて、 生きる事について。 さて、ここで結成されたバンド、 blue woodの運命やいかに!? ■2004.2.14(土): さてと。 曲のかけらをひっぱりだしていじくってみる。 古いやつに仮唄をなんとなく詞をのせているのが あった。 すごい事を言ってたりする。 いったい何があったのだろう。 3月14日で私は一つ歳を重ねる。 貢ぎ物は随時受け取るので心配いりません。 うけけのけ。 a film“trouble every day”vincent gallo ■2004.2.13(金): kichijyohjiにて。 ばっちょのバンド、kbb live.があったのに間に合わず、、、無念。 深夜club queへ。 鼻は元気に「触るな!」とか言ってるし、、、触るか、ボケッ! すんげぇ元気なエロ爺ぃになるのはもっともっと先の話じゃい! まにあっとるわい、くそ、、、。 おのさんはコンパクトディスクにむかって指揮棒を振る事が出来る。 ■2004.2.12(木): 時間。 一度時計を見ると、その後はやたらに過ぎる。 「まだこんな時間か、はやいな」の後は 「もうこんな時間か、はやいなぁ」となる。 まだ1杯目の者、もうぐてんぐてんの者。 それぞれの時間の使い方。 誰にも会わず1人歩いていると 何処かの街でやっぱり1人で歩いているであろう人を意識する。 これが“共感”なのではないだろうか。 それでいいのではないだろうか。 a film“cube 2” ■2004.2.11(水): 透明人間の蒸気(ゆげ) [作][演][出]野田秀樹氏。 阿部サダヲ氏、宮沢りえ嬢初共演。 これ、行かさせていただきます。 最近たま〜に舞台を観に出かけていて、思うところがあったりする。 楽しみだが私、自分が心配、、、。 ■2004.2.10(火): 譜面台。 譜面を置いているわけではない。テーブル代わりに平たく立てている。 ん?キャラメル??? 「違いまっせ、スモークチーズだす。」 ミンゾクさん、君の脳味噌は酒に浮いているのかい? 人々と大地、新曲と華、想い。 無敵な気さえしてくる。 ■2004.2.8(日): 都内某cafeにて。 話や計画をした事でやった気になってはいけない。 やるからにはわりときちんと決めたい性分だが、 緩い所も大切である。 所謂“遊び”というやつである。 スロットルやブレーキレバーに遊びが無かったら 危なくてしょうがない。 そして決定権を持つというのは “自由”であるぶん“不自由”だ。 ■2004.2.7(土): 昨日の事。 久々に帰りが朝の7:00をまわった。つまり今朝だ。 コンビニに立ち寄りちょっとした買い物を済ませ、 そこから徒歩、緩い下り坂にさしかかった。 重なる電線の隙間から満月が見えた。 思いもしなかった“君”との再会だったよ。 ■2004.2.6(金): shibuya lamamaにて。 tae live.“ラママ学園” わたくし、学園の“番長”だそうで。 やるからには気合い入れて全うしたいと思う所存。 命名されるもんなのか、、、 最高の夜でした、ありがとうございます。 ■2004.2.5(木): 気が付いたら。 23:25 bikeで散歩、それから洗濯、 返事を書き、tae事務関係をし、 飯を喰らい、諸々調べ物、煙草を呑み、 文章を書き、4台あるカメラの事を気づかい、 軽くベランダから撮影、プリンターを接続、 設定、写真の試し刷り、“blog”の更新。 明日6日、tae at la.mama. ■2004.2.4(水): リハとか打ち合わせとか。 何も言わないってことは、全てを受け入れることだ。 知らない、解らないは恥ではない。聞けばいい。 恥をかいてもよいではないか。 よいではないか、よいではないか、、、 あ〜〜れぇ〜〜〜、、、 ■2004.2.3(火): 書斎にて。 作家さんごっこ。 ついに“motorcycle”に着手。 30を過ぎてからいきなり単車に乗り出すという事が そう珍しい話とも思えないが、まわりにはあまりいないので。 きっかけから書こうか、、、なんて思っていたら、けっこう長くなるぞ、こりゃ。 ■2004.2.2(月): sakuraにて。 ド金髪大成功。 今日はオーナーのご令嬢(お色気フォース有り、5歳児)には会えずじまい。 おともらち(男子)のお家にお泊まりなのだそうな。 パーマを当ててもじゃもじゃだった頃 「なんで?変な頭!」とか言われたので、 「今度アニーに出るから。」と返したら 「え!?、、、、、うそだ。」と、ちょっと悔しそうだった。 私はちびっ子だからといってコミュニケーションに妥協はしない。 ■2004.2.1(日): shibuya lamamaにて。 androgyny live. vo.syoko嬢の笑顔を拝見。 やっぱ可愛娘ちゃ〜んには笑顔が似合う。 bad music大社長、ミッシェル門池氏を拉致し宴会となったが、 この人にはいとも容易く叱られる。なぜかそこに喜びがあるのだ。 「ベース上手いな」とは絶対に言われたくない。 「お前すごいな。」と言われたい人。 その中、 lamamaが作ったフリーペーパー「alive」でひとしきり盛り上がった。 jun sky walkersのlamamaにおける活動履歴が載っていたのだが、 頭に「高校生 闘魂ライブ」というのがある。 j(s)w対street rock fuckers(profile参照) このライブが私のロック道の始まりであり、 あの時の刺激が今こうしてここにいる理由だ。 1983年1月30日、21年と2日前私はここで初めてお金を頂き演奏をした。 しかしいとーはん、この「alive」の写真カッコよすぎです、漢ですよ。 「あんた、、、なんでそんなに可愛いの?」 って鬼のような形相で言われた事ない? |